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1.臨床心理学
●臨床心理士とは
臨床心理士とは、臨床心理学の理論と技法をもとにして、心理的な問題
の解決をお手伝いする職業です。最近はカウンセリングへの関心が高
まったり、スクールカウンセラーへの登用などを通じて、世間でも知られ
るようになってきました。
私がこの仕事に就いてから、かれこれ18年になります。当時は現在の
ような資格もありませんでしたし、臨床心理士の他にもカウンセラー、心
理療法士、心理判定員、セラピストなど、さまざまな名称で呼ばれてい
ました。
1988年から臨床心理士の資格認定が行なわれるようになり、この資格
を得た人は臨床心理士を名乗ることが多くなりました。しかし今の所、
この資格は国家資格ではありません。「財団法人日本臨床心理士資格
認定協会」が、一定の条件を備えた人に受験資格を与え、試験に合格
した人を認定するものです。
現在は7千名ほどの人がこの資格を持っていますが、法律的には資格
の有無は意味を持ちません。ですからこの資格の意義は、サービスを
受ける人に対して、提供者が一定の水準に達していることを保証するこ
とにあります。資格は5年ごとに更新しなくてはなりませんが、研修の要
件を満たしていないと更新が認められません。また資格には倫理綱領
が設けられており、重大な違反があった場合は再教育や資格剥奪の措
置が取られます。
臨床心理士は病院やクリニックなどの医療分野の他にも、教育(学校・
大学など)、福祉(児童相談所・福祉施設など)、司法(家庭裁判所の調
査官)、矯正(少年鑑別所・少年院など)、労働(企業の相談室など)な
ど、さまざまな分野で活動しています。また開業している人もいます。
臨床心理士の業務については、心理査定、心理療法、臨床心理的地域
援助の三つが主な内容となっています。心理査定とは、診断面接や心
理テストによって、クライエントの心理状態を評価することです。心理療
法はクライエントが自分で心理的な問題を解決していけるように、援助し
てゆきます。従来はこの二つが臨床心理士の仕事と考えられてきました
が、面接室から出ていって学校や地域などで心理的な問題を抱えてい
る人たちや、彼らに関わっている人たちを援助するのが、臨床心理的
地域援助です。
●実験心理学とは
心理学には色々な分野があって、臨床心理学の他にも「〜心理学」と
いう言葉を列挙すれば際限がありません。知覚心理学、学習心理学、
社会心理学、発達心理学、言語心理学、教育心理学、性格心理学、
青年心理学、災害心理学、異常心理学、犯罪心理学、神経心理
学……、と次から次に出てきます。
このように心理学と言ってもさまざまなのですが、その研究法によって二
つの大きな流れに分かれるのです。一つは知覚心理学や学習心理学
などで、実験と統計によって心理的な法則性を見出そうとするもので
す。これは実験心理学と呼ばれます。もう一つは対象に関わりながら理
論を作ろうとするもので、臨床心理学はこちらの流れになります。
まず実験心理学とは、一体どんな風になされるのでしょうか。例えば
「1時間連続して単純作業をする際には、静かに音楽を流すと能率が上
がる」という仮説を、60人の被験者による実験で確かめるならば
(1)音楽なしで作業する(統制群)
(2)音楽を流して作業する(実験群)
の条件にそれぞれ30人ずつ従事してもらい、成績を集計します。統制群
と実験群に能力の差がないように、例えばA高校の2年生から無作為に
30人ずつ抽出します。
作業の結果が出たら、それを統計的に「検定」します。実験群のデータ
が統制群を上回っているとして、さてその上回る量が「偶然」の範囲なの
か、それとも「根拠がある」のかを、偶然に起きる確率を求めて決める
のです。
普通は「偶然には5%の確率でしか起こり得ない」とすれば、「根拠があ
る」とみなします。この%は「有意差」とか「危険率」と呼ばれますが、仮
に1%で有意となれば、偶然に同じ結果が得られるのは100回に1回で
しかないので、かなり確固とした根拠があるとみなして良いことになりま
す。
私は大学に入る時は「心理学を学べば人の心が分かるようになるので
はないか」という期待を持っていましたが、このような理論を学んだとこ
ろで、人の心がわかるようになるとは思えませんでした。
しかし私が学生の頃はこの実験心理学がうんと幅を利かせていて、臨
床心理学の授業は一つしかないし、卒論を書くこともできませんでした。
世間知らずだった私の期待は、電話帳のように分厚い英語の統計のテ
キストと、「心理学は科学です。読心術ではありません」という教師の一
言で打ち砕かれたのでした。
●実験心理学の限界
実験心理学が「科学的」であることには異論はありませんが、この「科
学」はくり返し検証可能な出来事しか扱えないという限界があって、個人
の心理を説明したり予測したりはできません。
先ほどの例で言えば、音楽を流すとうんと成績が上がる人や、逆に成績
が落ちる人もいるでしょうが、全体としての結果で法則性が定まってきま
す。
したがって心理的な問題を抱えた人を援助しようとする時には、法則性
をいくらかき集めても役には立たないのです。一人一人のストーリーは
全部違うのに、法則をあてはめられてはたまったものではありません。
それに実験をしようにも、あまりにも条件が複雑に込み入ってきて、コン
トロールすることができません。
●臨床心理学の始まり
心理的な困難を抱えた人を援助する試みは古くからあって、宗教家や
長老などによって行なわれていたと考えられます。しかしそれが「心理
学」という形を整え、理論や技法を備えるようになったのは、19世紀の
末ごろと思われます。
その一つの流れは精神測定学で、特にフランスのビネーが特殊教育が
必要な子どものために尺度を作ってから、知能検査に発展して行きまし
た。もう一つの流れは力動心理学で、フランスのシャルコーやジャネが
催眠を用いて、ヒステリーの治療や意識の研究を行いました。
そして彼らに刺激を受けたフロイトが、精神分析を始めました。また
1930年代になって、アメリカのロジャースを中心に「来談者中心療法」が
始まりました。これはクライアントの感情を受容、共感、明確化すること
で、クライアント自身が問題を解決できるように導く方法と言っても良い
でしょう。同じ頃やはりアメリカを中心に、条件づけ(心理学を学んだ方
なら、「パブロフの犬」や「スキナーのネズミ」でおなじみですね)を応用し
た行動療法が試みられるようになりました。
その後、臨床心理学はアメリカを中心に発展しました。ウィーンで生まれ
た精神分析は、一部の人々には熱烈に支持されたものの、ヨーロッパ
のアカデミックな精神医学や心理学の研究者からはほとんど相手にさ
れていなかったようです。しかしアメリカの心理学会は、フロイトを招い
て講演を催しました。
その後ナチスの迫害を逃れてアメリカに渡った精神分析家(フロイト同
様、彼らの多くはユダヤ人でした)が、アメリカでの発展を担うことになり
ました。精神分析、行動療法、人間学的心理療法(来談者中心療法)の
三つが主な流れとなりましたが、それぞれの流れが分派したり、さらに
他の学派も現れて、まさに百花繚乱の観を呈するようになりました。
●さまざまな学派
ここでは臨床心理学による援助を受ける方に役立つように、主な学派を
挙げて、私の独断的コメントをつけ加えます。臨床心理士と言っても、受
けてきたトレーニングによって、クライエントへの対応が異なって来ま
す。
実際には「私は〜派です」と言う人よりは、複数の理論や技法を折衷さ
せている人の方が多いと思われます。日本の心理療法家の間では、(2)
はカウンセラーの基本的態度として、(3)は症状や行動を理解する理論
として、影響力が大きいと言えます。
(1)催眠療法
TVでやっている見世物的な「催眠術」とは区別しなくてはなりません。暗
示による変性意識のもとで集中力を高めたり、リラクセーションの体験
を得ます。覚醒状態のまま催眠をかける方法(ミルトン・エリクソンが有
名)や、自己催眠(自律訓練法)もあります。中には怪しげな治療者もい
るようなので、注意が必要。
(2)来談者中心療法
「カウンセラー」を名乗っている人は、多かれ少なかれこの方法を取り入
れていると言っても良いでしょう。日本では戦後、軍国教育への反省か
ら教育や学生相談にも取り入れられました。純粋な来談者中心療法は
病理の重い人には不向きで、ある程度は精神的健康度が高い人に向
いていると思います。
(3)精神分析的心理療法
フロイトが行っていたような古典的な精神分析は、週に4〜5回も寝椅
子に横たわって行う方法でした。現在はこのようなやり方はわずかにな
り、週に1〜2回程度の面接が主流になっています。特に自分の内面を
理解したり整理したいという人には、有益と思われます。
(4)ユング派心理療法
日本には河合隼雄先生によって紹介されました。ユング派の治療者
は、自分の存在をかけて相手の魂を癒そうとしているように見えます。
とても深いです。子どもによく用いられる箱庭療法は、ユング派のカルフ
女史が始めました。
(5)交流分析
バーンが精神分析の理論を簡便にして、現実の人間関係に容易にあて
はめられるようにしたものです。日本では心療内科で広く取りいれられ
ています。心理テストのエゴグラムは、交流分析の理論に基づいていま
す。
(6)家族療法
家族内コミュニケーションの研究や、システム理論に基づいて、家族の
関係性に介入しようとする方法です。家族内の圧力から症状や不適応
が始まったり、長引いたりしている時には、非常に有効です。
(7)集団心理療法
集団の中で起きる感情の動きを利用するものです。背景となる理論に
よってエンカウンター・グループ(来談者中心療法の流れ)、精神分析的
集団療法、即興で劇を作るサイコドラマなど、色々なものがあります。
(8)行動療法
学習理論に基づいて、不適切な行動を止め(脱学習)たり、適切な行動
を身につける(強化)のを援助します。心理療法の多くはものの見方や
感じ方を変えることで行動が変るのを期待しますが、行動療法は行動
面からアプローチします。認知の変容も視野に入れた認知行動療法も
あり。
(9)ブリーフ・サイコセラピー
短期間での問題解決を目指す心理療法の総称です。催眠や家族療法
の流れをくんでいるものなど、さまざまな学派があります。代表的なもの
に、「解決志向アプローチ」があげられます。
(10)日本で生れた心理療法
これまで紹介したものはすべて外国生れですが、日本人が編み出した
心理療法もあります。
・森田療法(「あるがまま」で神経症的なとらわれから脱却)
・内観療法(一週間かけて「身しらべ」をする)
・動作療法(身体を弛めたり動かす課題を通して、心身のコントロール
能力を養う)
上記の他にもアート・セラピー、ゲシュタルト療法、ロゴ・セラピー、音楽
療法など、色々とあるのですが、きりがないのでこの辺で止めておきます。
●利用の仕方
さて臨床心理学による援助を受ける上での注意点は、どんなことがある
でしょうか。
a.疑問や不満を感じた時には、面接を中断したりしないで治療者に伝
えること。そうすることによって、治療がうまく進むことの方が多いので
す。それで怒り出すような治療者は、論外です。
b.数回会ってみて、治療法や治療者と相性が良くないと思ったら伝えま
しょう。他の治療者を紹介してもらえるかもしれません。
c.世の中には話を聴かないで頭ごなしに説教をしたり、クライエントとの
関わりの中で自己満足を得ようとしたり、「全て任せれば治ります」と請
け負ったり、高額な料金を請求したりと、怪しげな「自称治療者」もいな
いではありません。変な人にひっかかったと思ったら、すぐに手を切りま
しょう。
2.ストレスへの対処
●ストレスとは何か
「ストレス」はごく日常的に使われる言葉になっていますが、そもそも何
でしょうか。そして「ストレス」から一番よく連想されるのが、おそらくは「ス
トレス解消」という言葉ですが、そんなことは可能なのでしょうか。まずは
そのあたりを考えてみましょう。
ストレスはハンス・セリエが提唱した「ストレス学説」によって有名になっ
た言葉ですが、まずは手短かな公式的見解をご紹介します。ちょっと古
い本ですが、弘文堂の「精神科ポケット辞典」で、「ストレス」を引くと、
「→負荷」とあります。
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負荷(英)stress:個体にとって特別な機能的緊張を要する事柄や状況
のこと。自然環境、社会文化的状況、家庭、学校、職場での位置づけの
変化(転居、入学、退職等)や対人関係(親子、夫婦、友人、同僚等)の
葛藤、身体的条件(過労、睡眠不足、外傷、消耗性疾患…)のすべてが
負荷となりうる。負荷の影響は、負荷の種類や起こり方の急緩と強度お
よび個体側の耐性により異なる。
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そして「ストレス学説」は以下のようになっています。
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ストレス学説(英) stress theory:セリエ H.Selyeが提唱した学説で、
汎適応症状群とも呼ばれる。本学説の骨子は、ストレッサー(有害作
因)に対して生体はその刺激に適応するため一定の機序をもって自律
防衛反応を引き起こす、とするものである。
生体は間脳−下垂体−副腎皮質系と反応し、ストレス持続状況下では
警告反抗期、抵抗期、疲憊期の3段階を経過し、各期に応じた身体的
諸変化の生ずることが確認された。
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若干の解説をつけ加えますと、身心の負担になることはすべてストレス
ですが、ストレッサーになるかどうかは人によって違います。オリンピック
に出るようなマラソンランナーが10Kmや20Kmを走ってもストレッサーに
はならないでしょうが、私には大変なストレッサーになります。行き倒れ
になること、間違いありません。
またストレッサーに対しての防衛は、自律神経系の働きによってなされ
るということです。例えば散歩中に犬に吠えられて心拍数が上がってド
キドキしても、意識的してそうしたのではなく、自律神経系(交感神経)
によるものです。つまりストレスによる反応が起きても、心身の不調が
自覚されるだけで、ストレスが原因になっているとは分かりません。
●ストレス解消はできるか
自ら望んでした行動であっても、心身の負担になればそれはストレスで
す。絵を趣味にしている人が、徹夜で描き続けたらストレスです。セリエ
博士は「ストレスが全くない生活を望むのは、死を望むのとおなじこと
だ」と言ったらしいですが、生きている限りストレスは付き物です。
さて「ストレス解消」とはよく言われますが、実際にできることなのでしょう
か。確かに「ストレス解消」の行動で、一時的にストレス状況から逃れる
ことはできます。しかしそれが終わってしまえば、また現実生活に戻るこ
とになります。当たり前の結論になってしまいますが、一時しのぎには
限界があるということです。
場合によっては「ストレス解消」のための行動が、ストレスになることもあ
ります。例えば同僚と毎日深酒を重ねていれば、身体的に不調を招い
たり、周囲の人から問題視されて、ストレスになります。ストレス解消も
結構ですが、現実生活との折り合いをつけなくてはなりません。
●ストレス・マネージメントを
私は「ストレス解消」に頼るよりは、「ストレス・マネージメント」をしてゆく
ことをお勧めします。横文字で「マネージメント」はなにやら難しそうです
が、自分のストレスを把握して対処することを言います。
スウェーデンの学校ではストレス・マネージメントが授業に取り入れられ
ています。例えば小学生ではほんの数分間ですが音楽のテープを流し
ている間、マットの上でゴロゴロしたり目をつむったりして、くつろいで過
ごします。私が見たビデオテープでは、インタビューに答えていた先生
も生徒も、「良い気分転換になって授業に集中できる」と話していまし
た。
要するにリラックスした心身の感じを味わっているのですが、このような
時間が週に何回かあるだけで、子どもに与える影響は実に大きいと思
われます。「リラックスできると、本来の力を発揮できるんだよ」という
メッセージとして伝わるからです。「頑張れ、頑張れ」と、力むことしか教
えない日本の学校とは大違いです。
さて、ストレス・マネージメントは自分のストレスを把握することから始ま
ります。自分がどのようなストレスにさらされているのか、それが心身に
どのような影響をもたらしているのかを調べてみましょう。自分はどのよ
うなことがストレスになりやすいか、ということも重要です。
要するに、自分に合ったストレスの対処法を工夫することです。
またどのようなことでリラックスできるかを知ることも、大切でしょう。
リラックスしている時は、ストレスから開放されています。自分で心身を
コントロールしてリラックスできるようになると、生き方も自由で積極的
になります。そうした効用はヨーガや気功などで、古くから広く知られ
ています。
3.自律訓練法
●自律訓練法とは
リラクセーションの方法として、広く知られているものに「自律訓練法」が
あります。あいにく私は取り組んだことがなく、手元に参考になるような
本もないのですが、ままよと書いてしまいます。私自身は筋肉を弛めた
り動かしたりする「動作法」で、リラクセーションの援助を行っています。
自律訓練法は腕や腹部、足が「温かい」とか「重い」と感じるように、公
式を用いて練習するものです。なぜ「冷たい」や「軽い」のではないかと
言うと、リラックスできると筋肉が弛んで血行が良くなったり、あるいは
余計な力が抜けて重く感じられる、ということでしょう。訓練用のテープ
があって、例えば「腕がおもーい」と公式を唱えてくれるので、それに合
わせて自分の身体を感じ取るようにします。
これは自己催眠のトレーニングと言っても良いでしょう。「催眠」と聞くと、
怪しげな見世物の「催眠術」を連想される方もいらっしゃると思います
が、心理療法で用いられる催眠は怪しいものではありません。
そもそも催眠の要素である暗示と意識変容は、私たちの生活にありふ
れていて、あらゆる心理療法に含まれているように思います。日本で
は自律訓練法の学会が組織されており、心療内科や精神科で行われ
ています。ただし、同業者の風評では「継続するのが難しい人もいる」と
いうことです。より簡便に行うために「自己調整法」など、改編されたや
り方もあるようです。
●YOUさんの体験
YOUさんが、自律訓練法をしていらっしゃるとのことでした。自律訓練法
を受けて気がついたことや、心やアトピーの症状に変化が見られたかど
うかをうかがったところ、次のようなメールをいただきました。
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もう1年半くらい続けていますが、今では不思議と、私の生活を支える、
大切な作業となっています。私が自律訓練を始めたきっかけは、元々ア
トピーやその他のアレルギー症状がかなりひどく、目が見えなくなってか
らは特に、その症状のひどさに、心も体も翻弄されてしまうような状態に
なったからです。
私が続けていられるのは、がんばらないでもできる、いいかげんな感じ
でも、力をいれずに手軽にできるからです。私が思っているのは、まず
自律訓練をするにあたって、 「自己暗示をかける」 とか、「リラックスを
する」という面が全面に出やすいですが、ここで本来重要になってくるこ
とは、雑念があってもいいし、その中で、「同じ言葉の繰り返し」と言う作
業が出きればいいのかなあと言う感じでやっています。
自律訓練は、長続きしにくいものだと思いますが、そういう事の繰り返し
が出来るという事は、物事に対して地道に取り組む姿勢がある事を示
し、それは同時に良好な精神状態を示してくれて、精神状態が良くない
と、どうしても即効性を期待し焦りが出てしまい、地道に続ける姿勢を持
てなくなってしまうとも思っています。
私が続けてきて感じる事は、いつもがんばっていた私、いつもあわてて
いた私がゆったりと、落ち着いた感覚を得られて、柔軟性が出てきた
事です。不思議と自分の中心ができ、同時に受け身的な感覚も得られ
ると言った感じです。迷いなどある時は、ばらばらになっていた
私の心が、一つの明確なものとなって落ちつき、周囲の空気と、自分の
存在との間に、繋がりができて、調和がとれたようになるように感じま
す。
この時の心の在り方は、非常に日常的な雑音や雑念の中にあり、そし
て何かを得ようとはしない、漂うような沈黙の態度という感じでしょうか。
ですから、かゆくて眠れない時(ほぼ毎日ですが)これをすると助かりま
す。私は、なるべく無理をしないように、この訓練を続けています。やり
たくない時は、無理にはやらないです。でも、それだから続けてこられ
て、続けられた事で、自分に自信も出ました。(私は炎症で体に熱がこ
もりやすいので、自分で勝手に 「暖かい」 という部分を、「涼しい」に変
えています。)
そうですねえ、アトピーに対しての悲壮感が消えてきて、まだまだ症状は
きついですが、必要以上に不安に思う事がなくなってきました。そうなる
と自ずと、アトピーも、ぱっちりきれいにとはいっていませんが、悪いな
がらも安定してくれています。まだまだ途上だと思いますので、私もこれ
からどうなるのかなあと、少し期待しながらやっています。
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そもそもが「リラクセーション」ですから、あまり固く考えずにリラックスし
た取り組み方が大事なようですね。「絶対にリラックスしてみせるぞ!」
では、いけません。また時間をかけて同じことを地道にやっていくこと
は、現代人が失いつつあるものです。自動販売機のように「押したらす
ぐ出る」のが当たり前の感覚が、色々なわざわいをもたらしているように
思えてなりません。
4.プラス思考のわな
●「プラス思考」って?
ひところ、「プラス思考」なる言葉がもてはやされました。春山茂雄氏の
「脳内革命」という本がベストセラーになり、その中で強調されていた言
葉です。私は書店で手にとってみたものの、あまりに荒唐無稽と言う
か、読む気もしなかったので買いませんでした。
気持良い快適なことを考えている時は、脳内にβ−エンドルフィンが分泌
されて、それがどんなストレスにも負けない作用をもたらすのだとか。
そのためには「プラス思考」(万事塞翁が馬、的なとらえ方)をするよう
に、と春山氏は勧めます。
バブルが崩壊した後だったせいか、春山氏の本は良く売れました。その
後、「脳内のβ−エンドルフィンが計測される技術が確立されていないの
に、計測したように書いているのはでたらめである」との、専門家の指摘
がありました。また春山氏が経歴を偽っているとか、法外な料金の健康
クラブを経営しているとか、色々な批判がなされていたようです。
●「プラス思考」の問題
「脳内革命」の真偽のほどはともかくとしても、「プラス思考」そのもの
が、色々な問題を含んでいることをまず指摘しておきます。人は自分の
環境や行動を、良いものか悪いものか、判断するようにできています。
それは生き延びていくのに必要な特質です。
狩猟や耕作をして、食料が手に入らなかったら、それは「悪い」ことなの
です。なぜ悪い結果になったのか考えて、違う方法を試してみないこと
には、道は開けません。「このやり方では獲物が逃げることがわかった
のだから、今回は良しとしよう」と「プラス思考」をしても、空腹は癒されな
いでしょうし、必死に立ち向かっていく力も出てこないでしょう。
もう一つの問題は、本来は微妙で複雑であったり賛否の両面を含んで
いる物事を、「プラス」と「マイナス」の二つに単純化してしまうことです。
それによって感受性が鈍化したり、非常に粗雑で乱暴な思考パターン
にはまってしまう可能性があります。
さらに「プラス思考」が、「プラス思考ができない自分は駄目なんだ」とい
う「マイナス思考」を産むという矛盾があります。またそれこそが、春山
氏のつけいる隙になっているようにも感じます。いったい何人の患者さ
んから、「どうしてもプラス思考になれないんです」という悩みを聴いた
ことでしょう。
●自然体で行こう
なぜ春山氏の著作が受け容れられたのか。「脳内革命」の方は表舞台
から去ったのに、なぜ「プラス思考」が亡霊のように蔓延しているのか。
それはバブル後の人々の心に「プラス思考」の明るい響きがマッチして
いたからでしょう。
私は現在の日本人には、暗いこと、苦しいことを直視する器量が欠けて
いるように思えてなりません。特にTVを見ているとつくづくそう思うので
すが、軽いノリではしゃいでいるのが良しとされているようです。暗い所
を見せると嫌われるから、明るくしているしかないのでしょうか。
今は自分の「暗い部分」を持て余している人が、多いのではないでしょう
か。根暗などと言われてしまうから、人前では明るく振る舞うけど、誰に
も本心は打ち明けることができないような人が増えているように感じま
す。
人として生きている限り、色々なことがあるはずです。暗い部分があって
も良いのです。苦しみや悩みを否定していては、成長することもありませ
ん。無理に「プラス思考」などしないで、自然体で行こうではありません
か。
5.病は気から?
●「病は気から」
「病は気から」とは、よく使われる言葉です。私が会っている青年期のア
トピーの患者さんは、一度や二度は親兄弟から「病は気から」だとか、
「気の持ちようだ」とか言われて来ているのではないでしょうか。この手
の言葉には、暗に患者さんを非難する意味が含まれています。
大体、次のようなことでしょうか。
・「気のせい」であって、「本当の病気」ではない
・「気の持ちよう」でどうにでもなるはずだ
・自分に厳しくしたり、自分を鍛えるべきだ
・怠けているのではないか、仮病ではないか
・いい加減に病気から卒業しなさい
そう言われてしまうと、患者さんは傷つくものです。心外なことを言われ
たと感じて傷つくこともあるし、自分でもそう感じている部分があるため
に、罪悪感を刺激されて傷つくこともあるようです。
実際に「病は気からだよ」と言う人は、意識的には励まして言っているつ
もりでも、上記のような気持を密かに抱いているのでしょう。このように
「病は気から」を他者が使う場合には、患者さんにとっては癒しの意味
がほとんどないと考えます。
しかし「病は気から」を、患者さん自身が使う時には、ずいぶん意味が違
ってくると思います。これまでの道のりを振り返って、「病は気からだった
な」と思える時は、病が癒えて、人間としての成長があり、洞察も生れて
いるのではないでしょうか。
●疾病利得
「病は気から」を科学的に解明しようとした人として、まず思い浮かぶの
は精神分析を始めたS.フロイト(1856〜1939)です。フロイトはヒステリ
ーの患者を催眠にかけたり、思いついたことを自由に話してもらう(自由
連想法)ことで治療を行ない、精神分析の理論を構成してゆきました。
私たちが日常語として使う「ヒステリー」は、感情を爆発させる行動とか、
自己中心的な性格を表す時に用いられますが、ここでは病名としての
「ヒステリー」を用いています。
フロイトが治療していたのは器質的な故障がないのに、立てなくなった
り、声が出なくなったりする人たちでした。ヒステリーはギリシャ語の子宮
に語源を持つ病名で、女性に多いために子宮に関係づけられていまし
たが、悪魔のしわざや仮病として見られていました。
フロイトは、性に関する無意識的な葛藤に注目しました。心の中に性愛
的な満足を得ようとする力と、それを抑圧しようとする力があって、両者
が妥協してヒステリーの症状を形成していると考えたのです。葛藤が身
体症状に転換されるということで、「転換ヒステリー」と呼ばれるようにな
りました。
ヒステリーがどのような人にも起き得るものとして理解できること、そして治療が可能であることを示したことは、画期的なことでした。
「性愛的な満足」などと言っても現在ではピンと来ませんが、フロイトが精神分析を始めた
19世紀末は、ビクトリア朝時代の欺瞞的な文化が残っていて、性的なことがらは非常なタ
ブーだったようです。例えばパーティーで性の話題が出た時には、女性は気を失って倒れる
(ふりをする)のがマナーだったそうです。
フロイトはまた、「疾病利得」の概念を提出しました。疾病利得には一次的疾病利得と、二
次的疾病利得があります。一次的疾病利得とは、症状そのものが患者の無意識的な願望
を満足させているような場合を指します。例えば「立てない」のは、「立っていられないほど
自分は辛いんだ」とか、「もっと甘えたい、世話して欲しい」という、口では言えない気持を症
状の形で表現しているのかもしれません。
二次的疾病利得とは、病気になると社会的な責任や義務を免除されたり、他者から優しく
接してもらえたり、あるいは保険金や賠償金が入ってきたりして、患者の役割を取っている
と現実的なメリットが生じてくることを言います。
●O先生のエピソード
セミナーで、精神分析家のO先生から聞いたお話です。
O先生が車に乗っていて、前方不注意のタクシーに追突されたそうです。O先生は有名大
学の教授だったので、タクシー会社の対応はまことに丁寧だったそうです。いわゆる「むちう
ち症」になるような状況であり、実際に首の痛みも何日か続いたそうです。そこでO先生は
「これで出版社の締め切りを待ってもらえるかな」とか、「仕事を休めるな」とか、あれこれと
疾病利得の誘惑にかられたそうです。「人間、転んでもタダじゃ起きないものなんです」と言
われていました。
でも結果的にはタクシー会社の補償の話もすべて断って、事故前と同じ生活をすることにし
たそうです。O先生は裁判所から詐病診断(仮病かどうかを調べる)の依頼を受けたりして
いたので、疾病利得の旨味にはまった人たちを知っていました。ですから、抜け出せなくな
るのが怖くなったのでしょう。
O先生によると、疾病利得を暴きたてるような治療者は、まったく治療的ではないそうです。
むしろ「大いに疾病利得を楽しみましょう」というのが、良いスタンスだそうです。確かに、病
気が与えてくれるメリットにすがるのは、心に元気がないからなのです。「疾病利得なんて
いい加減に止めて、しゃんとしなさい」と言われてしゃんとできるようだったら、私のような職
業は成り立ちません。
●「ゆとり」を育む
病気という事態は、人を不安にさせます。命にかかわる病気、癌はその最たるものでしょう
が、患者さんは死の不安や経済的な不安などに苦しまなくてはなりません。アトピーを始め
とする慢性の皮膚病でも、人と関わることを不安に感じたり、場合によっては人生設計が狂
う不安も生じます。
「疾病利得を楽しみましょう」という発想は、不安にとらわれて心のゆとりを失くした状態から、
「ズル休み」をして心のゆとりを回復しようということでしょう。私にもズル休みの経験はあり
ますし、たまには人間、そんなこともあっていいと思うのです。精神科の病院に勤めている
時に感じたことですが、「遊べない人」は働けないのです。働けるようになるには、遊べるよ
うになることです。
●システムとしての家族
「家族療法」という言葉を、聞いたことはありますか。問題を抱えた個人を治療するのではな
く、家族のシステムに介入する心理療法です。家族療法の多くは、「システムズ・アプロー
チ」という考え方に基づいて行われます。
私はシステムズ・アプローチの専門家でも、家族療法家でもないのですが、この考え方を
知ってから物事をより柔軟に捉えられるようになりました。以下に私が創作した物語をもと
に、システムズ・アプローチの考え方をご紹介します。
●ある物語
花子さんは32才、6年前に離婚していましたが、昨年に小学5年生の太郎君を連れて再婚
しました。相手の良夫さん(40才)にも、中学2年の光子さんと小学6年の誠君の二人の子
どもがおりました。双方の両親とも、「良い再婚相手が見つかった」と大賛成で、皆に祝福さ
れて結婚式をあげました。
ところが太郎君が半年前から、学校に行きたがらなくなりました。別に学校でいじめられて
いるわけでもなさそうです。初めのうちは「転校してからの疲れが出たのだろうから、休ませ
ておけば行くようになるだろう」と思っていたのですが、ここ三ヶ月は全く学校に行っておりま
せん。
花子さんは太郎君の不登校の原因について、思い当たることがありました。太郎君は幼い
頃にお父さんと別れていたので、父親とどうつきあって良いのか分からないのです。良夫さ
んの方も、気が弱くて意見をはっきり言えない太郎君に、どう接して良いのか困っていまし
た。不登校になってからは良夫さんが無理やり学校に連れて行こうとするため、太郎君は
良夫さんから逃げるようになりました。
良夫さんは、花子さんが太郎君を甘やかしてきたので、こんなことになったと思いました。太
郎君は勉強は良くできるのに、何でもかんでもお母さんに聞いてから行動するのです。花子
さんは、光子さんと誠君にも甘すぎるようで、これでは今まできちんとしつけてきたのが無駄
になってしまいそうです。
良夫さんが花子さんに「今まで甘やかしてきたせいだ」と言ったところ、大げんかになりまし
た。「私が家族のためにこんなに頑張っているのが、何でわからないの」と、初めて良夫さん
をなじりました。太郎君が花子さんの両親の家に電話をして、「お父さんがお母さんをいじめ
る」と訴えました。光子さんと誠君は、何と花子さんの味方です。良夫さんを「お父さんが強
引だからいけないんだ」と責めるようになりました。
この続きはどうなるのか? 二通りの結末を用意しました。
●エピローグ その一
花子さんは太郎君を連れて、カウンセリングルームを訪れました。カウンセラーの田中さん
は中年の女性で、二人の追い詰められた気持をよく聴いてくれました。それだけでも、ずい
ぶん楽になったように思いました。
さて、母子は毎週カウンセリングルームに通いました。太郎君は別のカウンセラーと箱庭療
法するようになりました。砂箱の中に人や動物、建物、花など、さまざまなミニチュアを置い
ていくのです。花子さんは田中さんに話を聴いてもらい、今まで嫌われるのが怖くて子ども
を叱れなかったことや、良夫さんに気がねして自己主張できなかったことに気づきました。
良夫さんは「どうせ、カウンセリングで俺の悪口を言うんだろう」と思っていましたが、太郎君
の表情が生き生きしてきたのに気づきました。花子さんの話し方もゆとりが出てきて、夫婦
の雰囲気も良くなったようです。太郎君は学校を休んでいても、家で元気に生活できるよう
になりました。6年生になってから、学校に通うようになりました。
●エピローグ その二
花子さんは太郎君の学校の先生から、家族療法の相談室を紹介されました。家族全員、
五人で行くことにしました。セラピストは男性の高橋さんと、女性の佐藤さんです。佐藤さん
はマジック・ミラーの向こう側から観察をしたり、電話で高橋さんにアドバイスをする役割で
す。
高橋さんは開口一番、「最初からお父さんが来てくれる家は、解決が早いんですよ。お母さ
んは良い方と結婚されましたねえ」と言いました。良夫さんが「いや実は再婚どうしで、結婚
したばかりなんですよ。ところがねえ……」と太郎君のことや、子どもたちからも責められて
つらい立場であることを話しました。
高橋さんは「なるほど、お父さんはお疲れなんですねえ。お母さんはどんなことでお疲れで
すか?」と花子さんに話をふります。同じ質問を順々にして、みんなの話を聞いていきました。
誠君は「僕は勉強で疲れるけど、お父さんも仕事が大変で疲れていると思う」と言って、お
父さんがほろりとした場面もありました。
だんだんに、場の雰囲気が柔らかくなって来ました。高橋さんは「今日は太郎君のおかげで、
こんなに有意義な時間を持つことができましたね。ではちょっと休憩します」と言って、佐藤
さんがいる部屋に行きました。
休憩時間の後、高橋さんと佐藤さんが次のような話をしました。「お話をうかがって、お互い
を思いやっているご家族であることがわかりました。ただ疲れると良くないので、提案があり
ます。太郎君が家に居る時間が一番長いので、誰がもっとも疲れているかを毎日調べて下
さい。太郎君が、夜の8時にその結果を発表します。そして『もっとも疲れている人』を各自
3分ずつマッサージをして下さい。時間を測る係はお父さんにお願いします」。
次のセッションからも、同じ課題をするように勧められました。3回目のセッションでは太郎
君が「もし僕が学校に行くようになったら、誰が観察係になるの?」と質問して、高橋さんは
お母さんを指名しました。相談室に通い出して二ヶ月後、「太郎が学校に行っているので、
ここ一週間はもっぱら私が観察係です」と花子さんからの報告がありました。
●どう違うのか
さてカウンセリングも、家族療法も、太郎君が登校するようになった点は同じです。両者には
、どのような考え方の違いがあったのでしょうか。「見たて」を比べてみることにしましょう。
カウンセラーの田中さんは「もともと太郎君は、自分の感情を表現するのが苦手な子どもの
ようだ。花子さんの気持が自分よりも光子さんや誠君の方に向いた怒りを、ため込んでいる
のではないだろうか。その怒りを友達にかぶせる(投影する)ので、クラスが怖くなって入れ
なくなったのだろう」と考えました。
この考え方は「病理や成長のつまづきなどの問題がその人の内面にあるから、適応が難し
くなる」ということです。「原因→結果」という因果律に基づいていて、私たちにはなじみのあ
る考え方と言えます。田中さんは太郎君が感情を表現できるように箱庭療法を導入したり、
花子さんが成長促進的な関わりができるようにカウンセリングを行いました。
家族療法の高橋さんと佐藤さんは、「再構成家族(子づれどうしの再婚)の中で、それぞれ
がうまく振る舞おうとして、家族システムの緊張が高まっていた。不登校の太郎君に皆の
目が向くと緊張が緩和されるから、家族が不登校を解決しようとするほど長引いてしまう」と
考えました。
これは「不登校の原因」を探して解決しよう、という考え方ではありません。そして個人の内
面に働きかけるのではなく、家族の関係性に介入しています。不登校を解決しようとしたり、
「誰それが悪い」と言い合う関係性から、「疲れている人をいたわる」関係性への転換を図っ
ています。家族療法の研究会に出ていた時には「原因探しをしない」ことと、「悪者を作らな
い」ことを、講師の先生が強調していました。
●エピローグ その三
ここまで不登校になった太郎君を例に、カウンセリングと家族療法の比較をしてみました。
そして家族療法の視点では、太郎君の家族というシステムがバランスを保つために、不登
校を長期化させていると考えました。このような動きは家族の他にも、学校や会社など色々
な集団で起こり得ます。
そのバランスが回復してくると、「問題」とされていた出来事が「解決」してしまうことがあり
ます。たとえば、次のようなことも起こるかもしれません。
太郎君を見かねた良夫さんのお母さんが、花子さんに「お払いをしてもらったらどう?」と言
ってきました。なんでも良夫さんが子どもの頃、ひどい喘息が「水子供養」をしてもらって良く
なったのだそうです。花子さんは「霊」の類を全く信じていませんが、断るのも面倒なのでし
てもらうことにしました。
霊媒師のお婆さんは家族全員とお墓に向かい、こう言いました。「3代か4代前に、太郎さ
んと同じくらいの男の子が養子に来て、川に落ちて亡くなっていますね。その人の霊が、太
郎さんが同じ目に会わないようにと、家から出さないようにしているんです」
それを聞いて、良夫さんのお父さんは驚きました。「むかし養子に来たけど、川に落ちて死
んだ子がいる」と聞いていたからです。なるほど太郎君は花子さんの連れ子で養子のような
ものだし、登校路には大きな川があるのです。良夫、花子の夫婦はもとより、子どもたちも
霊媒師をすっかり信じるようになりました。
それからは霊媒師の勧めで、毎朝6時に家族全員でお墓参りをすることになりました。亡く
なった子どもの霊を慰めてから、「太郎は川に落ちないように気をつけるので、大丈夫です」
と念じました。二週間続けたらやっと霊が納得してくれたのか、太郎は学校に行けるように
なりました。
さてこのお話は、こんな風に読むこともできます。不登校をしている太郎君の「問題」も、そこ
から生じた家族内の緊張も、全て「霊」が引き受けてくれたのです。家族の中に「悪者」や
「犯人」はいなくなりました。そして一家で力を合わせてお祈りすることで、家族のシステム
がバランスを保てるようになったのでした。
念のためつけ加えますが、私は「お払い」や「占い」、「霊媒師」の類を家族の問題解決に奨
励しているわけではありません。それどころか、依頼者の精神を破壊してしまうような人もい
るので、避けた方が無難です。お払いが「効く」時には、このようなメカニズムが働いている
と思われるのです。
●アトピーが難治化する家族
では家族のシステムがどのようになると、アトピーが難治化しやすくなるのか、考えてみま
しょう。あくまで私の感覚ですが、そのような場合は患者さんが「根っからの病気」ではなく
て、「病気をやっている」ような印象を受けることが多いように思います。
私がよく遭遇するのは、患者さんが「世話を必要とする子ども」の役割を取り続けることで、
家族のシステムが安定しているようなケースです。たとえば仲の悪い両親でも子どものアト
ピーに関しては協力できるとか、世話をしている母親の家族内の立場が強くなるなどの背
景が考えられます。
このようなケースでは、しばしば青年期の患者さんが自立できないことに悩んでいます。し
かしよく話を聴いてみると、「自分が家を出たら、両親は離婚するかもしれない」などと言い
出すのです。私は家族療法をやっているわけではないので、ご本人に以下のように伝える
くらいが関の山です。
「親のことは、親に任せましょう。あなたが家を出たら、毎日のように夫婦喧嘩をするかもし
れない。それで離婚しようと言うことになるかもしれないし、離婚も面倒臭いから何とか一
緒にやっていこうと言うことになるかもしれない。でもそれはあなたの両親が決めることだか
ら。それから親子の縁はいつまでも切れないんだから、親と仲良くしなくてもいいんですよ」
時には親の方が面接を求めてきて、「いつまでも親離れをしなくて困る」と話すことがありま
す。中には「実は私たちも子離れができないんです」と言う方もあります。そんな時には、
次のようにお話をします。
「今まではお子さんのアトピーで、大変でしたね。しかしお子さんも青年期なので、これから
は自立をサポートするような応援をしてあげて下さい。お子さんが自分で決めたことは多少
危なっかしくても見守るとか、先回りをして手を出さないとかが大事ですね。ところでご夫婦
で旅行やお食事に行かれていますか。自立を促すには、『親には親の生活がある』ことを、
お子さんに見せることが良いので、ぜひ実行してください」
このような直接的な働きかけがどのくらい功を奏すのか、私自身にも不明です。ただこのお
話を持ち出す前に、こちらが相手の気持をしっかり受け止めることができると、晴れ晴れとし
た表情で面接室を後にされるようです。
●心理テストの目的と利用
雑誌やテレビ、あるいはネットでも「心理テスト」が人気がある
ようです。「自分を知りたい」という興味は、だれにでもあるので
しょう。しかしマスコミに登場するものは、思いつきで作られたお
遊び的なものがほとんどで、臨床心理士が用いている心理テストと
はずいぶん質が異なっているように思われます。
心理テストは、ある人を理解するための一つの窓と言えるでしょ
う。査定する対象を絞り込んだ小さな窓もあるし、広く捉えようと
する大きな窓もあります。しかし心理テストの他にも、その人の行
動を観察するとか、直接に話をしてみるとか、あるいはその人を良
く知っている人に教えてもらうとか、色々な窓があります。だから
心理テストを受けたからと言って、何から何まですっかりわかるよ
うなことはありません。
精神科や心療内科などの医療機関で心理テストを行う時には、次
の三つの意味があると考えます。
(1)医師が診断をつける時の参考にする
(2)患者自身が自己理解を深めるために利用する
(3)セラピストが心理療法を始める時の参考にする
残念なことですが、日本の精神科では(1)の段階で終わってしま
うことが多いようです。だから「心理テストを何種類も受けたけど、
結果を教えてもらえなかった」という患者さんも出てきます。そう
かと思えば、医師向けに書いたテスト・レポートをそのまま患者さ
んに読んで聞かせる先生もいて、無造作に扱われている印象は否め
ません。(3)の場合は、セラピストから患者さんに結果を伝えるこ
ともあるでしょう。
私たちが学生の頃はすっかり下火になっていましたが、左翼運動
が盛んだった時代には、「心理テストは病気のレッテルを貼りつけ
て、患者を差別する道具である」といった、いくぶん見当違いの批
判がなされたようです。臨床心理学のトピックスが診断から治療へ
と移っていったこともあって、臨床に欠かせない道具として認識さ
れる度合は減ってきました。
しかし心理テストは、使い方によってはもっと有効な道具になる
と思います。悩み事があったり、身体の病気が治りにくい時などに、
気軽にテストを受けて心理学的な評価を聞けるような環境が整って
くれば良いのですが。また臨床心理士にとっては、患者さんを客観
的に捉えたり、思考をシャープにしてゆく訓練として、経験を積ん
でいくことの意味も大きいのです。
●心理テストの種類
心理テストには、大まかに言って次のような種類があります。
(1)質問紙法
性格傾向や、特定の尺度(大まかな精神的健康度、抑うつ性の高
さ、心気的傾向など)を対象にしています。
質問に対して(はい・いいえ・どちらでもない)のどれかを選ん
で回答するのが一般的です。テストの作成にあたっては、予備調査
のデータを集めて、統計的な処理がされています。誰が処理をして
も客観的な結果が得られるのですが、クライエントの自己評価が妥
当であることを前提にしています。
(2)能力検査
知能や記銘力、失語などを調べるための検査です。知能検査は学
校で一斉に行っていたような物ではなく、一対一で行います。単に
「IQがいくつか」ではなくて、思考パターンの特徴や、得手不得
手をみることができます。
(3)投影法
図版が何に見えるか答えたり(ロールシャッハ法、TATなど)、
文章を書きこんだり、絵を描いたりします。クライエントの自己評
価が妥当かどうかは問われませんが、テスターの熟練度によって解
釈が大きく左右されます。ロールシャッハ法は精神科で働いている
臨床心理士にとっては、必修科目のようなものです。
実際に心理テストをする時には、「テスト・バッテリー」と言っ
て、複数のテストを患者さんに合わせて組み合わせます。個々のテ
ストとバッテリー全体の解釈をすることで、より的確で立体的なパ
ーソナリティの理解が可能になるのです。
●エゴグラム
質問紙法で、特に心療内科でよく使われている性格検査に「エゴ
グラム」があります。交流分析の理論に基づいたテストなのですが、
人間関係のパターンを理解したり改善を図ったりする上で分りやす
いので、私もよく患者さんに受けてもらっています。
まず性格には「良い性格」があったり、「悪い性格」があったり
するわけではなくて、その人の良い面を生かせれば良いということ
を、頭に入れておいて下さい。エゴグラムの「エゴ」は「自我」、
つまり私たちが考えたり感情を感じたりする時の中心になっている
働きを指します。その自我をCP(批判的な親)、NP(育てる親)
、A(大人)、FC(自由な子ども)、AC(適応した子ども)に
分けて、それぞれのエネルギーの高さを測ってグラフにしたものが
エゴグラムです。
CPは「こうあらねばならない」理想を持ち、その通りにやって
いない人を見ると批判したり直そうとしたりします。NPは「あな
たを丸ごと受け容れて、お世話しましょう」と言う態度です。Aは
現実を合理的に、自分の得になるように判断する傾向です。FCは
「好きなことをする、言いたいことを言う」、子ども本来ののびの
びした面です。ACは自分を抑えて良い子になろうとする傾向です。
先ほど「良い性格も悪い性格もない」と書きましたが、エゴグラ
ムで自分への理解が深めたり、対人関係をうまくやれるように変え
て行ける可能性はあります。例えばストレスが身体に出やすいタイ
プの人は、往々にしてFCが低くてACが高いのですが、自分の好
きなことを大事にしてゆくことで、FCが高くなりACが低くなっ
て行きます。
日本では、東大式エゴグラム「TEG」(現在第3版)が標準化
されていますが、専門家でないと買えないようになっています。簡
便なものなら、交流分析を紹介した本に付録としてついていること
がありますので、解説を参考にして自分で解釈することができます。
ネットでも診断サイトがあるので、興味のある方はどうぞ。
「心理学の真髄を網羅したエゴグラムの驚異」のうたい文句はちと
大げさとは思いますが、「エゴグラムによる性格診断」なるホーム
ページがあって、50問をチェックすると結果と解釈が表示されます。
私も自分でやってみましたが、結果は妥当な線かな、と思いまし
た。料金はかかりません。
http://www.egogram-f.jp/seikaku/
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